2024-04

essay

12 堺の富はどこへ行った 泉南仏国

「泉南仏国(せんなんぶっこく)」という言葉があります。中国の福建省の泉州(中世海上貿易の中心地)で仏教が盛んだったことをうらやんだ禅僧が、堺のお寺が多いことを表現するのに借用したとか。 遣明船の発着や琉球貿易、鉄砲の生産と販売、室町から戦国...
戦国堺の産業

11 鉄砲から包丁へ 堺の伝統工芸 

戦国期の騒乱の中で生まれた鉄砲の生産、堺の鉄砲は信長という勝ち馬に乗り、一大産業に成長していきました。大量の鉄砲を生産する必要から、筒を鍛造する職人、その筒を付ける台木を削る職人、からくりとよばれる発射に必要な火ぶたや火皿、バネや火縄をはさ...
堺をめぐる人々

10 戦国堺をめぐる人々3:織田信長

信長が初めて堺を訪れたのは26歳(かぞえ年)の時、桶狭間の合戦の1年前です。信長の行状を記した資料に信長公記(信長の家来が書いた記録です)がありますが、そこには京で将軍に謁見する晴れの舞台でもあるので、信長も家来80人もみな、金銀の箔を貼っ...