IZUMI RYO

茶の湯の心

16 茶の湯の心

国宝の油滴天目茶碗です。美術館の展示の仕方もあるのでしょうが、黒い宝石のような輝き、のぞき込むとまるでブラックホールに吸い込まれていくような感覚を味わいました。宋代の中国で焼かれ、鎌倉時代以降に日本に運ばれてきたものと言われています。こうし...
堺の街道

15 堺の街道1 西高野街道

戦国堺には、海外から、全国各地から色々な物が集まってきました。また工業都市としての顔をもっていましたから堺で生産された物もたくさんありました。物を集めるだけでは商売になりません。堺の街で売りさばかれた物もありましたが、ある物は日本各地に運ば...
戦国堺の産業

14 物のはじまりなんでも堺 線香

新堺音頭の出だしに「物のはじまりゃ なんでも堺 三味も小唄もみな堺」とあります。前回小唄を広めた高三隆達に触れたので、今回は堺が発祥と言われる(製法は中国から伝わったものですが)線香をフォーカスしたいと思います。 現在、五感の一つ嗅覚を刺激...
堺人

13 顕本寺と墓所にする二人

前回のブログで妙國寺を取り上げたので、今回は同じ日蓮宗の顕本寺を取り上げたいと思います。顕本寺は、応仁の乱が起こる前、堺の商人たちが寄進して堺の中心部に創建されました。妙國寺ができる111年前のことです。動乱の戦国期、塔頭(本寺の中に子寺)...
essay

12 堺の富はどこへ行った 泉南仏国

「泉南仏国(せんなんぶっこく)」という言葉があります。中国の福建省の泉州(中世海上貿易の中心地)で仏教が盛んだったことをうらやんだ禅僧が、堺のお寺が多いことを表現するのに借用したとか。 遣明船の発着や琉球貿易、鉄砲の生産と販売、室町から戦国...
戦国堺の産業

11 鉄砲から包丁へ 堺の伝統工芸 

戦国期の騒乱の中で生まれた鉄砲の生産、堺の鉄砲は信長という勝ち馬に乗り、一大産業に成長していきました。大量の鉄砲を生産する必要から、筒を鍛造する職人、その筒を付ける台木を削る職人、からくりとよばれる発射に必要な火ぶたや火皿、バネや火縄をはさ...
堺をめぐる人々

10 戦国堺をめぐる人々3:織田信長

信長が初めて堺を訪れたのは26歳(かぞえ年)の時、桶狭間の合戦の1年前です。信長の行状を記した資料に信長公記(信長の家来が書いた記録です)がありますが、そこには京で将軍に謁見する晴れの舞台でもあるので、信長も家来80人もみな、金銀の箔を貼っ...
戦国堺の産業

9 菜の花と堺

はてもなく菜の花つづく宵月夜母がうまれし国美しき 堺生まれの歌人与謝野晶子の短歌です。晶子は、はてもない菜の花をどこで見たのでしょう?私は、晶子の菜の花の原風景は、旧堺の北東に隣接していた遠里小野(おりおの)ではないかと想像しています。 遠...
堺をめぐる人々

8 戦国堺をめぐる人々2:松永久秀

2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」の始めに明智光秀が松永久秀に堺で出会い、求めていた鉄砲を譲られるシーンがありました。この出会いはフィクションですが、二人は実際深い関係を持つことになります。場所が堺であったこと、鉄砲が介在したことなど二人...
戦国堺の産業

7 堺と鉄砲 (祝 鉄砲鍛冶屋敷オープン)

戦国期の堺の最大の製品で商品は何かと聞かれたら間違いなく鉄砲でしょう。戦国末期、戦の勝敗を左右する鉄砲は、二カ所で集中的に生産・販売されました。近江・国友村と堺です。二つの拠点を押さえた信長は、天下統一に向けた武力を持つことができたのです。...