戦国堺の産業

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67 鉄砲の街堺の「かけら」

堺の鉄砲に関しては、このブログでも繰り返し触れてきました。(参照7,24,36)戦国期堺を日本で最も豊な街にしたのは、鉄砲の生産・販売にほかなりません。教科書で習った鉄砲伝来は1543年、初めて鉄砲を見て驚いた日本人は、そのわずか32年後に...
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62 金融センターとしての堺

「サピエンス全史」という世界的なベストセラーになった書籍の中で筆者はこう述べています。「貨幣は人間が生み出した信頼制度のうち、ほぼどんな文化の間の溝をも埋め、宗教や性別、人種、年齢、性的指向に基づいて差別することのない唯一のものだ」 先日ふ...
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45 堺の建て倒れ

京の着倒れ、大阪の食い倒れは今でもよく聞くフレーズです。江戸時代からこうした言い回しがあって各都市で何にお金をよく使うのかを言い表してきました。堺は、「建て倒れ」と言われていたそうです。豪商が多く、建物にお金をかける人が多かったからでしょう...
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44 堺と西陣織

「なれや知る 都は野辺の夕雲雀 あがるを見ても 落つる涙は」と詠まれた応仁の乱での京の都は、荒廃しました。西軍の陣の付近には京に都が置かれた頃から、機織り職人がまとまって暮らしていましたが、多くは乱を避け堺に避難しました。乱勃発から8年後、...
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42 堺の漁業と住吉大社

戦国期の堺は貿易や商業だけではなく、工業の街でもあったことを繰り返しこのブログで書いてきました。(参照11,18,29,36)しかし、17世紀末にまとめられた左海鑑という地誌を見てみると就業人数が最も多い職業は漁師(左海鑑では猟師と表記)で...
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39 黄金の日々に至るまで 6 河内鋳物師

河内(丹南)鋳物師(いもじ)私には一つのイメージがあります。鎌倉幕府が元寇に揺れていた頃、竹内街道に大きな荷車、荷台には、緑青が浮く前の新しい十円玉のようなブロンズに輝く梵鐘が括り付けられています。まだ大小路の周りにしか建物がなかった堺の町...
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36 工業都市堺 鉄砲から自転車へ

戦国堺の街は、貿易で財をなした商人の街というイメージが強いですが、全国の大名や国衆・土豪たちに大量の鉄砲を供給した職人たちも多く住んでいました。(関連 11鉄砲から包丁へ)その鉄砲が戦の形を変え、資本力のある大名が多量の鉄砲を使い、周囲を従...
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25 銭・・・堺出土の摸鋳銭

最近読んだ書籍で心に残った文を最初に紹介したいと思います。 これまで考案されたもののうちで、貨幣は最も普遍的で、最も効率的な相互信頼の制度なのだ。       サピエンス全史 ユヴァル・ノア・ハラリ 筆者は、対立していたキリスト教徒とイスラ...
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24 堺祭に見た火縄銃浪漫

毎年10月の第3日曜日に開催される堺祭、今年も南海高野線の堺東駅と南海本線の堺駅を東西に結ぶ大小路をメイン会場にして開催されました。以前にこのブログでも書きましたが、10世紀頃から堺の街はこの大小路を中心に発展していったのでイベントの舞台と...
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18 堺の変容 戦国から江戸へ

先日堺ユネスコ協会が主催した「堺の伝統産業を体験する」というイベントに参加しました。三味線・お茶・お香という堺に縁のある物を扱っている堺の老舗の代表の方々のお話とともに三味線に触ったり、冷たい抹茶をいただいたり、お香の型抜きしたりできるイベ...