戦国堺の産業

36 工業都市堺 鉄砲から自転車へ

戦国堺の街は、貿易で財をなした商人の街というイメージが強いですが、全国の大名や国衆・土豪たちに大量の鉄砲を供給した職人たちも多く住んでいました。(関連 11鉄砲から包丁へ)その鉄砲が戦の形を変え、資本力のある大名が多量の鉄砲を使い、周囲を従...
堺をめぐる人々

35 黄金の日々に至るまで 5 一休宗純その②

前回に引き続いて一休から話を始めたいと思います。八十八歳までの長寿を得た一休の肖像画は多数残されていますが、最も有名な物は上にあげた六十歳代の東京国立博物館蔵の物でしょう。伸びた髪、無精ひげ、ぎょろりとにらんでいるような目、アニメの一休さん...
堺をめぐる人々

34 「黄金の日々」に至るまで 4 一休宗純その①

一休さんと言えばとんち好きの小僧という愛らしいイメージですが、これは昭和50年から7年近く続いたアニメの影響です。このアニメは海外にも輸出され以前は世界で最も有名な日本人とも言われていました。 一休は、弟子の書いた年譜によると応仁の乱を挟ん...
戦国堺の街

33「黄金の日々」に至るまで 3  琉球貿易と三味線

遣明船が帰ってきた際の堺の街の熱狂に関して以前触れました(29「黄金の日々」に至るまで1)が、貿易港としての堺の発展に大きく影響したのは、明との貿易だけではありません。琉球との通商も大きなウエイトを占めました。10年に1度程度しか受け付けら...
堺人

32 今井宗久 新興の政商としての生き方

天下三宗匠(そうしょう)という言葉があります。宗匠とは、和歌や俳句、華道や茶道の師匠のことで、ここでは安土桃山時代に茶の湯の師匠として活躍した、千利休・津田(天王寺屋)宗及・今井宗久をさします。三人とも堺の商人ですが、利休と宗及(そうぎゅう...
堺をめぐる人々

31 「黄金の日々」に至るまで 2 堺を要塞にした男 

大内義弘という武将がいました。14世紀後半、今の山口県を中心とする守護大名の嫡子として生まれ、足利三代将軍義満に従い、大内家を大いに発展に導きながら、最後は反乱を起こしなくなった悲劇の武将です。 足利義満は、わずか10歳で将軍となりますが成...
戦国堺の街

30 環濠都市をめぐる

戦国堺は三方を濠で囲まれていました。(西側は海)幅10m深さ3mもあった部分も発掘調査で出てきています。部分的には二重の濠になった部分もあったそうです。上部の写真は、1615年大坂夏の陣の前哨戦で全焼した堺の街を復興させる際改めて掘られた(...
戦国堺の街

29 「黄金の日々」に至るまで 1

城山三郎の小説「黄金の日々」(1978年NHK大河ドラマの原作)では堺が信長の軍勢に囲まれた1568年から大坂夏の陣の前に街が焼かれた1615年の47年間が舞台となっています。信長・秀吉・家康という時代の支配者に自由という街の鎧を脱がされて...
堺をめぐる人々

28 1566年堺のクリスマスとルイス・フロイス

1566年 畿内をまとめていた三好長慶が亡くなって2年、将軍足利義輝が殺害された翌年、堺周辺は三好家の内紛で騒然としていました。6月には堺に逃げ込んだ松永久秀を敵対する三好三人衆が包囲し、堺の会合衆に引き渡しを要求する騒動が起きます。(参照...
堺をめぐる人々

27 戦国堺をめぐる人々4 三好実休

三好実休は、以前取り上げた三好長慶の実弟です。(12 堺の富はどこへいった 参照)信長の前の天下人といわれる長慶は、最大八か国におよぶ畿内支配地を3人の弟と部下に分割して任せます。実休は三好家の本拠阿波の支配を任された三好家No,2の存在で...