戦国堺の街

23 自然災害と戦国堺

海恋し潮の遠鳴りかぞへつつ 少女(おとめ)となりし父母の家 上の短歌を詠んだのは堺出身の与謝野晶子です。与謝野晶子の実家(和菓子屋)は、大道沿いの甲斐町にありました。埋め立てで海が遠のいた今では望むべきもありませんが、与謝野晶子の少女の頃は...
戦国堺の街

22 環濠堺の地名から 2 住んでいた人を想う 

戎之町(えびすのちょう) 環濠堺の真ん中を東西に分ける大小路の北側に戎之町はあります。戎様の石像が町名の由来と言われています。豊臣秀吉の頃ここに住んでいたと言われているのが南蛮貿易で財をなしたという納屋(呂宋 るそん)助左衛門です。1978...
戦国堺の街

21 環濠堺の地名から 1

かつての堺は周りを濠(幅10m 深さ2~3m)に囲まれた環濠都市でした。(参照3 戦国堺は土の中 )信長が上洛して堺に圧力をかけた頃(1569年)には一部の濠は二重になっていました。(10 戦国堺をめぐる人々3:織田信長 参照)しっかりと濠...
戦国堺の街

20 紀州街道と堺の町名

紀州街道は、江戸時代、大坂の高麗橋から和歌山城下の京橋を結び大阪湾沿岸を通る17里4町(約67㎞)の街道です。江戸中期より紀州徳川家の参勤交代の道として整備されたと言われています。もちろんそれ以前から多くの人や荷物が行き交う街道で、堺の街を...
堺の祭

19 住𠮷祭2024

8月1日、2024年の住吉祭は、酷暑の中おこなわれました。晴れた空、肌に重い日の光、大阪で最も重いという住吉大社の大神輿は担ぎ手たちの肩に食い込み、痛みと汗をふきださせます。それでも神輿行列の最後、大阪から堺にかかる大和橋の上で「ヨイサー ...
戦国堺の産業

18 堺の変容 戦国から江戸へ

先日堺ユネスコ協会が主催した「堺の伝統産業を体験する」というイベントに参加しました。三味線・お茶・お香という堺に縁のある物を扱っている堺の老舗の代表の方々のお話とともに三味線に触ったり、冷たい抹茶をいただいたり、お香の型抜きしたりできるイベ...
戦国堺の街

17 住吉祭礼図屏風から堺の街をのぞいてみると

住吉祭礼図屛風という堺市指定の有形文化財があります。上は、その屏風から仮装行列の部分を切り取ってみました。堺の街が上に描かれ、海岸沿いを南蛮人や母衣武者に仮装した人たちが行進しています。海に舟をだして見物している人たちもいますし、街中には桟...
茶の湯の心

16 茶の湯の心

国宝の油滴天目茶碗です。美術館の展示の仕方もあるのでしょうが、黒い宝石のような輝き、のぞき込むとまるでブラックホールに吸い込まれていくような感覚を味わいました。宋代の中国で焼かれ、鎌倉時代以降に日本に運ばれてきたものと言われています。こうし...
堺の街道

15 堺の街道1 西高野街道

戦国堺には、海外から、全国各地から色々な物が集まってきました。また工業都市としての顔をもっていましたから堺で生産された物もたくさんありました。物を集めるだけでは商売になりません。堺の街で売りさばかれた物もありましたが、ある物は日本各地に運ば...
戦国堺の産業

14 物のはじまりなんでも堺 線香

新堺音頭の出だしに「物のはじまりゃ なんでも堺 三味も小唄もみな堺」とあります。前回小唄を広めた高三隆達に触れたので、今回は堺が発祥と言われる(製法は中国から伝わったものですが)線香をフォーカスしたいと思います。 現在、五感の一つ嗅覚を刺激...