19 住𠮷祭2024

堺の祭
大阪で最も大きいとされる大神輿(総重量約2t) 大和橋の上で神輿をもむ

8月1日、2024年の住吉祭は、酷暑の中おこなわれました。晴れた空、肌に重い日の光、大阪で最も重いという住吉大社の大神輿は担ぎ手たちの肩に食い込み、痛みと汗をふきださせます。それでも神輿行列の最後、大阪から堺にかかる大和橋の上で「ヨイサー ヨイサー」に「セイラー セイラー」と呼応しながら激しく大神輿をもみます。

平安時代から900年以上続いてきたという住吉大社から堺への神輿渡御を中心にした住吉祭は、大阪の夏祭りの最後を飾ります。江戸初期のにぎやかな祭の様子は、住吉祭礼図屏風に残されています。(17住吉祭礼図屏風から 参照)

大神輿を先導する行列

江戸時代に負けないにぎやかな祭を期待して大和川を越えたのですが、少し期待外れ。9年前に見に行った時は神輿の前には馬上先導する人や、趣向をこらした山車が練っていたのですが、今年は住吉踊りの子どもたちと裃・袴姿人たちの行列だけ、神輿は大和川にも入らず、橋の上でもまれた後、トラックに載せられ宿院頓宮まで運ばれました。

大神輿を宿院に運ぶトラック

2020年から3年間、コロナの影響で神輿渡御が中止になった住吉祭、ブランクの影響は大きく、神輿を担ぐ人も、行列に参加する人も不足しているとのこと。祭を盛り上げようと、外国の方々も行列に参加してくれていました。

 

宿院(住吉大社御旅所)にある神功皇后が干珠を埋めたという伝説を持つ飯匙堀(いいがいぼり)

宿院頓宮では、大鳥大社からおわたりした神輿も待っています。二つの神輿が揃い、御旅所にある飯匙堀で「荒和大祓神事」が執り行われるのです。

宿院頓宮の北200メートルの所に開口神社があります。いにしえより住吉神社との関係が深く一説には、伊勢神宮の内宮・外宮のような関係ではないかと言われています。開口神社は、大寺さんともよばれ、堺南組(大小路より以南)の氏神社として親しまれてきました。堺は元々この神社を核として生まれたのです。住吉大社の神輿は、夏度に戦禍や大火事といった災害を受けても、何度も立ち直り発展してきた堺の街を見守ってきてくれたのでしょう。その渡御がこれからも住吉や堺の人々に守られて賑やかにそしてしっかりと受け継がれていくように祈らずにはいられませんでした。

環濠に囲まれた時代堺の街の中心部に開口神社は位置していた

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