堺をめぐる人々

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53 堺と秀吉 1

今年の大河ドラマは「豊臣兄弟」、それにちなんで今年は堺と豊臣秀吉との関係について書き始めたいと思います。信長との関係は何度も触れてきたが(参照10,26,40)、大坂を本拠地とした秀吉は信長以上に堺とは関係が深いのです。 1582年6月に勃...
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52 堺 春日大社と興福寺 2

前回に続いて春日大社&興福寺と堺の関係記録を見ていきたいと思います。興福寺に納める材木が堺から運ばれたことを前回記しましたが、この記録があるのは、「大乗院寺社雑事記」という応仁の乱前後の大乗院門跡尋尊の58年間にわたる日記です。尋尊は学者と...
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41 医書大全と戦国期の医療

始めの写真は、「医書大全」という1518年(北条早雲が亡くなる前年)に堺で翻刻(古文書・古典籍・石碑などに残された古い時代の文字を読み取り、活字化すること)された医書です。翻刻したのは阿佐井野宗端という堺の商人です。婦人科にも精通していたと...
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35 黄金の日々に至るまで 5 一休宗純その②

前回に引き続いて一休から話を始めたいと思います。八十八歳までの長寿を得た一休の肖像画は多数残されていますが、最も有名な物は上にあげた六十歳代の東京国立博物館蔵の物でしょう。伸びた髪、無精ひげ、ぎょろりとにらんでいるような目、アニメの一休さん...
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34 「黄金の日々」に至るまで 4 一休宗純その①

一休さんと言えばとんち好きの小僧という愛らしいイメージですが、これは昭和50年から7年近く続いたアニメの影響です。このアニメは海外にも輸出され以前は世界で最も有名な日本人とも言われていました。 一休は、弟子の書いた年譜によると応仁の乱を挟ん...
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31 「黄金の日々」に至るまで 2 堺を要塞にした男 

大内義弘という武将がいました。14世紀後半、今の山口県を中心とする守護大名の嫡子として生まれ、足利三代将軍義満に従い、大内家を大いに発展に導きながら、最後は反乱を起こしなくなった悲劇の武将です。 足利義満は、わずか10歳で将軍となりますが成...
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28 1566年堺のクリスマスとルイス・フロイス

1566年 畿内をまとめていた三好長慶が亡くなって2年、将軍足利義輝が殺害された翌年、堺周辺は三好家の内紛で騒然としていました。6月には堺に逃げ込んだ松永久秀を敵対する三好三人衆が包囲し、堺の会合衆に引き渡しを要求する騒動が起きます。(参照...
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27 戦国堺をめぐる人々4 三好実休

三好実休は、以前取り上げた三好長慶の実弟です。(12 堺の富はどこへいった 参照)信長の前の天下人といわれる長慶は、最大八か国におよぶ畿内支配地を3人の弟と部下に分割して任せます。実休は三好家の本拠阿波の支配を任された三好家No,2の存在で...
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10 戦国堺をめぐる人々3:織田信長

信長が初めて堺を訪れたのは26歳(かぞえ年)の時、桶狭間の合戦の1年前です。信長の行状を記した資料に信長公記(信長の家来が書いた記録です)がありますが、そこには京で将軍に謁見する晴れの舞台でもあるので、信長も家来80人もみな、金銀の箔を貼っ...
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8 戦国堺をめぐる人々2:松永久秀

2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」の始めに明智光秀が松永久秀に堺で出会い、求めていた鉄砲を譲られるシーンがありました。この出会いはフィクションですが、二人は実際深い関係を持つことになります。場所が堺であったこと、鉄砲が介在したことなど二人...