戦国堺の街

戦国堺の街

22 環濠堺の地名から 2 住んでいた人を想う 

戎之町(えびすのちょう) 環濠堺の真ん中を東西に分ける大小路の北側に戎之町はあります。戎様の石像が町名の由来と言われています。豊臣秀吉の頃ここに住んでいたと言われているのが南蛮貿易で財をなしたという納屋(呂宋 るそん)助左衛門です。1978...
戦国堺の街

21 環濠堺の地名から 1

かつての堺は周りを濠(幅10m 深さ2~3m)に囲まれた環濠都市でした。(参照3 戦国堺は土の中 )信長が上洛して堺に圧力をかけた頃(1569年)には一部の濠は二重になっていました。(10 戦国堺をめぐる人々3:織田信長 参照)しっかりと濠...
戦国堺の街

20 紀州街道と堺の町名

紀州街道は、江戸時代、大坂の高麗橋から和歌山城下の京橋を結び大阪湾沿岸を通る17里4町(約67㎞)の街道です。江戸中期より紀州徳川家の参勤交代の道として整備されたと言われています。もちろんそれ以前から多くの人や荷物が行き交う街道で、堺の街を...
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17 住吉祭礼図屏風から堺の街をのぞいてみると

住吉祭礼図屛風という堺市指定の有形文化財があります。上は、その屏風から仮装行列の部分を切り取ってみました。堺の街が上に描かれ、海岸沿いを南蛮人や母衣武者に仮装した人たちが行進しています。海に舟をだして見物している人たちもいますし、街中には桟...
戦国堺の街

2 戦国堺をのぞいてみると 

戦国期の堺の街を再現された鳥瞰図や模型でのぞいてみます